sugiken のメモ帳

知ったことを書いていく

モバイルアプリの自由さと組織と、freee のアプリの話

岡山の山中の旅館から書いている。文豪の気持ちが少しわかる。何故か旅館は文章を書くのに丁度いい。ちなみに酔っている。

異動して

最初は何もないなと思った。
モバイルアプリの開発は本当になにもない。Web エンジニアはブラウザの中で表現する。ブラウザは画面の初回表示をスタートとして HTML が動く(こんな単純な話ではないのは分かってるよ)。
対してモバイルは何もないからすべてが自由だと思った。世の中にはあらゆるアプリがある。それが当然実装・設計にも反映されている。加えて未経験で「職業 モバイルエンジニア」になったもんだから、アーキテクチャ、ライフサイクル、Appleなどプラットフォームなどとの付き合い方などがほぼ分かっていないので、本当にすべてが自由に見えた。無限の可能性があって何でも表現できるんだと思った。

1年半経って見たモバイル

今はモバイルアプリ開発について解像度が上がったので、異動した直後ほどの自由度は感じていないかもしれない。正確には自由以外のことを感じている。
Swift や iOS とも仲良くなってきた。アーキテクチャも少しわかる。プラットフォームがどういうものかも分かってきた。後方互換も考えないといけない。ビルドも時間かかって大変。自由度が高いので責任もそれだけ発生する。

じゃあ今モバイルエンジニアとしてやるべきことはなんだろうか。

freee のアプリの話

freee は会計サービスをスモールビジネス向けを中心に提供している。そして、世の中はまだまだ腰を据えてパソコンを開いて「さてと」という一言とともに経理業務を行うのが標準だろう。
こんなのは全く自然体じゃない。モバイルアプリを開いてサクッと日々の経理業務を済ませてほしい(実現手段がモバイルアプリだけなのかは議論の余地がありそうだが)。高性能なモバイル端末が手にくっついているのだから、それを使うべきだろう。ただ freee のモバイルアプリではまだまだ力不足なので、頑張らないといけない。

面白いこと

正直 freee は Web のほうが主力・主流・主軸だ。画面も大きいし、エンジニアもたくさんいてどんどん機能追加されていく。Web にはすべての機能がある。
モバイルアプリは完全に機能追従していくことは困難なため、やらないことを決めないといけない。最近はこれがめちゃめちゃ面白いなと思う。できることは絞りつつも、クリティカルなユーザーにクリティカルな価値を届けられるかを考えるという行為がソフトウェアエンジニアとして興奮する。
モバイルアプリだけでサクッと経理業務が終わる世界作るために、やることはいっぱいある。

freee の中でも特にモバイルチームは自由だ。ただの Web のコピーではなく、何でもできるわけでもない。特殊な表現領域。モバイルアプリ自体が持つ自由と責任が、開発組織の振る舞いにも反映されているように思える。当然責任が発生し、成すべきことも壮大になる。Web に頼っていたら駄目なのだ。

モバイル中心の会社ってどうなんだろう

モバイルアプリ自体が持つ自由と責任が、開発組織の振る舞いにも反映されている

まるで理論を提唱したようだが、モバイルアプリが中心の企業ではこうではないのだろう。モバイルアプリにはすべてがあり、Web には部分的な機能があるというサービスもたくさんあるだろう。そんな組織ではきっとモバイルエンジニアもたくさんいて、モバイルアプリがサービスをリードし、ある程度やるべきことが定まっているかもしれない。
なのでこれは理論でも何でもない、freee においての結果論かもしれない。

一応補足

freee 的には(決算資料にもあるが)プロダクトをまたいで統合的な UX を提供することを目標にしているため、Web vs モバイルみたいな構図では決していない。持ちつ持たれつ、協調してユーザーに価値を届けようとしている。ただこれが「足並みを揃える」とは少し違うと思っているし、モバイルはモバイルとして尖らせたいというエゴがある。Web に頼っていたら駄目なのだ(2度目)。

もちろん Web エンジニアもリスペクトしているし、自分の中にあるそのバックグランドは今のチームでもとても活きている。

この補足、誰も傷つけたくないという自分の性格が出ているな。

最後

最近社内で言語化する機会があったので、勢いで書いてみた。 がんばるぞー